[2022]寒地での電気自動車の航続距離性能と考察

 寒冷地における電気自動車の性能は中国でも注目されており、政府系の公共機関や民間機関が評価を行い、結果を公表しています。2019年の「EV-TEST管理規則」の変更で政府系の機関である「CATARC」が低温時の充電や残航続距離の表示精度を試験項目に盛り込んでいます。今回は民間の評価機関である「懂车帝」が実施した2022年の航続距離評価結果を紹介、考察していきます。

なぜ低温下では電気自動車の航続距離が落ちてしまうのか

理由1. リチウムイオンバッテリの内部抵抗の上昇

 電池にも抵抗があり、内部抵抗と呼ばれています。電池が放電する際、この内部抵抗により、電池自体の電圧が下がってしまいます。この内部抵抗が小さければ小さいほど、放電する時に電圧が落ちないという意味では良い電池なのですが、電池は低温になると基本的にこの内部抵抗が上がってしまいます。
 リチウムイオン電池の構造は正極として、ニッケル・クロム・マンガンやリン酸鉄が使われており、負極には炭素が使われています。そしてその間にリチウムイオンの電解液が用いられています。低温下ではこの電極の個体抵抗も、電解液の抵抗も両方とも抵抗値が高くなってしまいます。
 下のグラフの黒線は温度とバッテリの電圧降下の関係を示したもので、温度が低ければ低いほど、電流が大きければ大きいほど内部抵抗増加による電圧降下(放電率の低下)が大きいことがわかります。

低温環境用リチウムイオン電池の開発 電気設備学会誌 2018. 12 vol. 38より転載



 このように低温下ではリチウムイオン電池からエネルギーと取り出すと、温度が高いときに比べ電圧が下がりやすくなり、電圧が下がることで、システムの電圧を維持できなくなり、航続距離が低下する要因となります。

理由2. 空調機能

エンジンで動作する自動車はエンジンでガソリンを燃やして動力を作り出す際に60%程度は熱として捨てています。その排熱を使って車室内を温めることができました。一方で電気自動車には熱源がありません。従って電気から熱を作り出す必要があり、そのためにバッテリの電力を消費してしまいます。現在電気自動車ではPTCヒータとヒートポンプの2つの暖房方式が主流となっています。PTCヒータもさらに温水を作り出す温水PTCと空気を直接温める空気PTCに分けられます。ヒートポンプよりPTCヒータのほうが電気をより多く消費します。

ガスインジェクションタイプのヒートポンプ構成図(出典:株式会社デンソーHP

理由3. バッテリの温調

バッテリの温度が下がると放電できなくなるという話を理由1で書きましたが、バッテリの温度を調整するために、不凍液や冷媒を用いてバッテリの温度を調整する機能が最近の電気自動車には搭載されています。バッテリー用のエアコンのようなものです。こちらはバッテリの温度が高くなり過ぎたときは冷却し、バッテリの温度が低すぎる時はバッテリを温めるのですが、温度調整をするためのエネルギー源もやはりバッテリです。電気自動車の走行用のバッテリの電力を消費してバッテリ自体を温めるので、こちらも航続距離の低下要因となります。

Porsche Tycanのバッテリ温度管理システム(出典:Porsche NewsRoom)

懂车帝の2022年の評価結果

今回は懂车帝の実施した試験のうち、航続距離試験の結果について見ていきます。29車種のデータが集計されており、TESLAはもちろん、トヨタbZ4Xや日産ARIYAも評価されています。

試験内容

内モンゴルの牙克石と根河という、年間の平均気温が-3℃という非常に寒い地域で実験されており、今回のテストは11月に-15℃から-10℃の環境で実施されています。下の図に示すような行程を走行して試験しており、緑の区間の制限速度は80km/h, 赤い区間の制限速度は100km/hとなっており、全体の平均車速は50km/hです。動画をみるとすべての車が連なって走っており、同一条件下で試験されています。

コース図(出典:懂车帝のHP

試験方法:上記コースを走行。行程の平均車速は50km/h。ドライと雪路の混在路面
終了条件:車速50km/hが出せなくなるか、メータのSOC表示が0%となった場合、試験終了
車両条件:自動的に終了するまで充電し、一晩0℃の倉庫の中でソークしてからスタート。
車両設定:ECOモードなど燃費優先モード
     エアコンはオート24℃
     タイヤは工場出荷と同サイズのスノータイヤに交換し、指定空気圧に設定。
※車内温度が低すぎる場合ははエアコン温度やドライブモードの変更可能

試験結果

 この試験では今回の試験で実際に走行できた距離と試験中の平均電費が測定されており、NEDC走行モードで記載されたメーカの公称航続距離に対し、何パーセント達成できたかが示されています。
 先ほどバッテリーから持ち出す電流が多いほど電圧降下し易いというお話をしました。バッテリーから持ち出す電流が多いか少ないかは、「Cレート」という指標が用いられます。例えば満充電状態のある電池から1時間で電池が完全に放電されるように電気を取り出した場合の電流値が1Cとよばれています。Cレート=放電電流(A)/電池容量(Ah)という関係になります。従って容量の大きなバッテリーから少ない電流を持ち出す場合は電圧降下しにくくなります。
 メーカーの公称航続距離が長い車両は車両が走行するのに必要なエネルギーに対して、バッテリを多く積んでいることになります。従って容量の大きなバッテリから少ない電流を取り出せばよいことになり、エアコンと、バッテリ温調の影響を無視した場合、公称航続距離が長い方が寒地での実走行距離も長くなりやすい傾向にあります。(電圧降下が少なくなることへの限度はありますので、ある一定以上はあまり変化がないことが考えられます。)

 そこで、横軸に公称走行距離をとり、縦軸に実走行距離、公称距離の達成度、電費をとって比較してみます。
 まずは実航続距離のグラフです。斜めの黒線はちょうど実航続距離の半分を示しており、黒線より下は実際の航続距離がカタログの公称航続距離の半分以下であったことを示します。赤丸がリン酸鉄系のリチウムイオンバッテリ、青丸が三元系のリチウムイオンバッテリを搭載している車両です。ここで、航続距離が少ない3台の車両(長安Lumin, 奇瑞新能源QQ、宏光MINIEV)はバッテリの搭載量が20kWh未満の小型車です。
 今回の結果からは三元系のバッテリを積んだ車両とリン酸鉄のバッテリを積んだ車両に優位な差が見られませんが、実験条件として0℃でソークしていることが差が見られない理由として考えられます。三元系とリン酸鉄のバッテリの低温時の性能低下の差は特にバッテリ温度がマイナスとなるような状況で顕著にみられ、今回の条件は二つの種類の電池の性能に差が付きにくい条件であったと考えられます。また、バッテリの断熱がしっかりしていれば、走行して電力を消費することで、バッテリが温まってきますので、走行すればするほど、低温による電池の性能低下の影響がなくなっていきます。

 次にカタログの航続距離に対する実航続距離の達成度のグラフです。こちらも黒の横線がカタログの公称航続距離に対して50%のラインです。比率でみると、几何Eという中国現地メーカの車の航続距離の達成度が悪く、次に悪いのがトヨタのbZ4Xとなっています。

 次は実電費のグラフです。この実電費は値が小さいほど電費がよい、つまり少ないエネルギーで走行できていることを示しています。検算をしてみると各モデルに搭載されているバッテリの容量を今回の走行距離で割ることで算出しているようです。従って、この数値が高いほど、大きな容量のバッテリを積んでいるにも関わらず、長い距離が走れなかったということになります。例えば電費が一番悪い日産ARIYAですが、航続距離の達成度も悪く、バッテリのエネルギーを室内の空調やバッテリの温度調整に多く使っているのではないかと推測できます。トヨタのbZ4XはNIO ET5とほぼ同じ電費ですが、公称航続距離の達成度に大きな差があります。
 またTesla ModelYとBYDの海豹は電費差が1.6%しかないにもかかわらず、公称航続距離の達成度では4%もの差があります。Teslaの車は保管中もバッテリの温度を保つようにバッテリ温調を動作させることがあり、一晩のソーク中に電池を消費していなかったか気になります。バッテリ温調は通常1kWから2kWの電気を消費しますので、仮にソーク時間が8時間で温調に1kW使用した場合、消費電力量は8kWhとなります。電費から逆算すると走行距離にして約33kmとなりますので、Tesla ModelYとBYD海豹の走行距離の差である22kmと近しい値が出てきます。
 リン酸鉄リチウムイオン電池は-10℃から-15℃となると、ほとんど電気の出し入れができなくなります。今回の実験でBYDの海豹のバッテリ温調の制御はどうなっていたのかはわかりませんが、もしもソーク条件が-15℃だった場合はリン酸鉄リチウムイオンを搭載するBYDの海豹も必ずバッテリ温調を動作させる必要が出てきますので、異なる結果になっていた可能性もあります。

 最後にカタログ航続距離の達成度とカタログ航続距離を電池容量で割ったものを比較したグラフです。横軸のカタログ航続距離÷電池容量の指標は認証時に1kWhの電池容量あたり、何キロ走ることができたかを示しており、値が大きいほど認証時は少ないエネルギーで走行できたことを示しています。小型車である20kWh以下のバッテリを積んだ車群を除くと、この横軸の指標と縦軸の低温下でのカタログ距離の達成度は逆相関があるように見えます。先ほどのNIO ET5とトヨタbZ4xはこの指標でみると大きな開きがあり、認証試験時に少ない電力で走行できたトヨタの車の低温時の実航続距離低下、つまり認証試験時に対する使用電力の増加が顕著に出ているように見えます。

あとがき

 日系のトヨタや日産の車両は電費が悪く、室内空調やバッテリ温調にエネルギーを多く使っている様に見えます。全体として、カタログ上の電費が良い車ほど、低温時の実走行で航続距離の達成率が悪化していく傾向があるというところも面白い結果になっているかと思います。
 また、低温によるバッテリの性能低下時は放電以上に充電に気を付ける必要があります。バッテリ受け入れ可能電力以上の電力で充電すると、リチウムの析出を招き、バッテリを壊してしまう可能性があるからです。懂车帝のHPでは充電試験の結果も公開されており、リン酸鉄リチウムイオンバッテリを搭載するBYDの車両の性能が良かったという報告がありますが、充電前に条件をそろえるためにソークをしたのか、ソークした場合は何度でソークしたのかという情報がないため、試験の信頼性を欠いているように見受けられます。

 2022年も年の瀬となりました。本年も皆様に大変お世話になり、ありがとうございました。良いお年を過ごされることを祈っております。来年もよろしくお願い致します。

参考リンク

懂车帝 2022 新能源车冬测结果公布_懂车帝 (dongchedi.com)

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