車の出来栄えを評価する

今回は弊社の考える車両評価について、弊社チーフテスター岡部の考えを記載致します。

車両評価とは

弊社では「この車の性能はお客様にとってどのような価値があり、値段相応の性能を有しているか」、「この車はどの性能を重視して創りこんできたのか」という2つの項目に注目して車両評価を行います。

車両評価には大きく分けて「官能評価」と「定量評価」という項目と「相対評価」と「絶対評価」という種類があります。

 官能評価定量評価
相対評価 評価者が主観的に評価するもので、評点やコメントで表す。いくつかの車両を準備して基準車からの比較で評価する。計測器等を用いて数値データで表す。基準車両との差をデータで示して評価する。
絶対評価 評価者が主観的に評価するもので、評点やコメントで表す。評価者の絶対的な基準で評価する。計測器などを用いて取得したデータを絶対的な基準となる評価指標にあてはめる。
車両評価の種類

官能評価は評価ドライバーが主観的に評価するもので、その評価者の評価軸がブレない事がとても大切です。そのためには評価者の経験が非常に重要になり、これまでの評価ドライバーの経験値で決まると言っても過言ではありません。

定量評価は客観的に評価し、主には計測器等をもちいてデータ(数値化)で表します。しかし実走での定量データ取得は非常に難しく、車速であれば±2[km/h]以内で決められた路面を走行することや、ハンドル入力角は5°ステップで入力していくなど繊細な運転技量が必要となります。特に再現性が高いことが重要で、毎回同じコースを同じ車速、同じ舵角で走れることが求められます。

車両評価における心構え

評価ドライバーに求められる最重要項目は「車を壊さない」事です。高額な試作車や人様からお借りしている車を壊す事は開発期間の延期や弁償等の大きな損失に繋がります。そのため、低速、低Gから車両を動かしてみて、車がどの様な振る舞いをするのかを見極めます。車両の振る舞いの見極めには長年培ってきた経験と知識が必要です。

走行中は「音(異音)」「振動」にも細心の注意を払います。何か変な現象があれば直ぐに安全な車速まで減速し、整備場やピットに戻ります。もし途中で不動になったり、壊れたりした場合、原因が特定しにくくなる可能性が高い為です。

そして、車両限界付近での評価は「やめる勇気」が必要です。常に自分の運転技量の限界を超えない範囲で車両をコントロールし、平常心で評価をすることが大切です。平常心で無ければ正しい評価ができず、評価結果の精度が低くなります。私も常に「やめる勇気」を心のどこかに持っており、これまで自責の事故はゼロとなっています。

そのためにも、自分の運転技量はどのレベルまで対応可能なのかを知る事が大切です。例えば「〇〇kwの出力までコントロールできるレベル」というようなことです。自分の運転技量>車両の実験条件であれば、いかなる状況でも余裕が生まれ平常心を保ち、冷静な判断が出来ます。

もちろん、評価ドライバーであれば運転技量は高くなければなりません。運転訓練で課題を克服し、対応可能なレベルを上げていき運転技量向上していく取り組みが必要です。 私の知る素晴らしい評価ドライバーは自己研鑽に能動的に動いています。

車両性能と車両評価

車両性能は大きく「動的性能」と「静的性能」の二つに分類できます。

動的性能のメインは車両運動性能で自動車の基本である「走る・曲がる・止まる」があり、大分類として、動力性能、運転性能、音振性能(NVH)、乗心地性能、操縦安定性性能、ブレーキ性能の5つの性能に分けられます。さらに最近ではADAS性能、HMI性能も重視されてきており、評価項目は多様化しています。

静的性能には、視界、居住性、操作性、内外装高品質感等があり、お客様がショールーム等で良し悪しを判断できるため、とても需要な要素です。

開発車両ではどんなお客様をターゲットとしているか、そのお客様の購買意欲をそそるユニークポイントは何かを明確にします。そして重要視する性能を明確にし、競合車と比較しながら勝ちシナリオを策定していきます。

そこで出てくるのが予算です。新車開発にとって予算管理は最重要課題です。どんなに良い性能が出来たとしても予算オーバーであれば製品にはできません。評価ドライバーは、ある程度決められた部品の中で性能バランスを取る事も求められます。

例えば、燃費をトップレベルにしたい開発車があるとします。タイヤの転がり抵抗軽減で燃費を向上させようとしますが、そうなると乗心地や操縦性の性能が低下します。場合によっては目標未達領域まで低下することもあります。この様な背反する性能も含めて車両全体で評価する事も求められます。

車両の良し悪しを評価するだけでは評価ドライバーとしては一人前とはいえません。
良くなった項目、悪くなった項目を官能コメントと定量データを駆使して、適切にエンジニアに伝えます。官能コメントは、エンジニアとの共通言語で話すことが必要です。定量データは、お客様の感じた現象を結果系のデータとエンジニアが設計に落とし込める要因系のデータで示します。

私の評価ドライバーの定義とは、上記が出来る事であり、その為には車のメカニズム、計測知識やデータ解析力も必要です。エンジニアとの信頼関係が重要であると共に、お客様の立場になって評価できなければいけません。

車両の特性の作りこみと評価ドライバーの役割

車両の特性はある程度パッケージングで決まってしまいますが、実は多くの要素が関連しています。最近であればEV=低重心で車両の安定性が高いと各メーカーが説明していますが、安定性の観点からすると低重心であるだけでなく、車体剛性やサスペンション取り付け剛性、 サスペンションアライメント変化等の要素がきちんと設計できていることが重要です。

一般に新型車(新型ユニットやプラットフォーム)開発時は、先行車と呼ばれる試作車を作製し沢山のパラメータスタディを実施します。

試作車に対する評価ドライバーの役割は、車両評価だけではなく、評価する前段階の部分にも関わります。試作車が設計通りの性能になっているか、限界まで安定性は確保できているか等、多くの項目を確認します、その中で大体のポテンシャルと改善点はわかってしまうのですが、それをエンジニアが理解する官能コメントと定量データで共有する事が大切です。
最近はシミュレーションの精度が向上し、より細かい現象も再現できるようになってきたため、シミュレーション結果に対して意見できる知識も求められてきています。

車両の性能は多くの評価ドライバーのチームワークで創りこんでいきます。そして、最後にチーフドライバーがGo/No goを判断して製品への適合となります。

一例として、以下のようなフェーズで開発・評価するため、初期フェーズで如何に良い車にするかが肝となります。
初期フェーズ:後に設計変更が不可能に近い超大物、大物部品の決定
中期フェーズ:部品変更で背反する性能が大きい部品の決定
最終フェーズ:目標性能達成に向けた性能のバランス取り、製品品質の確認

評価時の注意点について

これまでも述べてきましたが、評価を実施する時の注意点は大きく3つです。

  1. 評価か軸がブレないこと
  2. お客様の立場に立った評価をすること
  3. 常に再現性がある操作をすること

1を達成するには、評価軸を自分の中で確立出来ているかが重要となります。この軸を確立する事が評価ドライバーとして最も重要な作業となります。

2は、自分の好き嫌いで評価をしない事が大切です。スポーツカーを購入するお客様と軽自動車を購入するお客様では車に求められる性能は違います。開発車のユニークポイントを理解しながら購入層のお客様の気持ちになって評価する必要があります。

3は、どんな時も再現性(同じ操作)がある操作をする事です。車両への入力が違えば挙動も違います。例えばA車とB車の車両評価の時、2台の入力が違えば評価結果が変わってしまいます。

上記3点を注意しながら評価していきますが、やはり良い車は誰が乗っても良い結果になります。しかし、評価経験が浅い方は「なんか良いよね」「しっかり、すっきりしているね」みたいな表現をします。この部分をしっかりと具体的な現象で伝える事が出来るのがよい評価ドライバーであると思っています。

あとがき

長々と書いてきましたが、自動車産業は100年に1度の変革期と言われています。
環境問題、CASE、Maas等の言葉が使われていますが、どんな時代でも「最後は人が決める」という評価ドライバーの役割と価値は変わらないと信じています。

この記事を書いた人

岡部 雅人

チーフテスター

大手OEMメーカーの運動性能テストエンジニア(主にシャシ開発担当)として34年間従事。
2019年より現職。論理的な説明と定量データを用いた運動性能評価が得意分野。
シャシ、4WDをはじめとするシャシ制御のチューニングや各パーツ(タイヤ、ダンパー等)評価を全て経験しているだけでなく、自動運転含むADAS評価経験も有する。

大手OEMでは、運転ランク最高位のテストドライバーとして世界各国を走行。
開発車の目標達成度評価者として開発車の出来栄えの責任者を担当し、多くの車種を世に送り出した。

ドライビングインストラクターとして、大手OEM及び現職の通算で100名以上のテストドライバーの育成実績がある。

 ブルースカイテクノロジー(株)は20年から30年以上自動車業界で働いてきた人員が多数を占める、自動車の電動化および関連技術に特化した特異なコンサルティング及びエンジニアリングサービス会社です。
 電動車両の開発・設計、車両の動的評価、分解調査、車両制御、モータ制御、リチウムイオンバッテリの研究開発や生産ラインの立ち上げといった専門的なご依頼はもちろん、各自動車コンポーネントの電動化コンサルティングや、新素材の電気自動車への適応コンサルティングまで、お客様のニーズに合わせたサポートが可能です。